AIネイティブ企業の思考と行動を学ぶ
既存の大手企業がAIネイティブ企業になりかわることはできません。しかし、そうした新興企業が新たな市場機会を獲得していることを注視する必要があります。AIネイティブ企業がAIを事業と技術の中核に据え、どのように活用しているかを積極的に研究することで、従来型の企業は新興の競合他社の思考を有効に取り入れ、行動することが可能になります。
既存の大手企業がAIネイティブ企業になりかわることはできません。しかし、そうした新興企業が新たな市場機会を獲得していることを注視する必要があります。AIネイティブ企業がAIを事業と技術の中核に据え、どのように活用しているかを積極的に研究することで、従来型の企業は新興の競合他社の思考を有効に取り入れ、行動することが可能になります。
Monster.comを覚えていますか? 1990年代後半、オンライン求人サイトの登場は、すべての求職者にとって天の恵みでした。彼らは新聞の求人広告の購読をやめ、インクのいらない新しいウェブプラットフォームを歓迎しました。
しかし、数年も経たないうちに、Indeed、LinkedIn、GlassDoorなど新しいディスラプターが登場し、それぞれがさらに包括的で革新的な機能を提供するようになりました。
そして今、私たちは新たに問いかけます。 オンライン求人サイトを覚えていますか?
生成AIの登場により、私たちは近い将来、仕事を探す、デートをする、ルートを検索する、またはホテルを予約するといった時に、まったく新しい体験をすることになるでしょう。このような検索や予約などのアクティビティが当たり前になったのは、つい昨日のことのように思えます。しかし今、再び、大きな変貌を遂げようとしています。
例えば、AIキャリアコーチを想像してみてください。求職者は仕事を探すのではなく、自身のスキルや目標、さらには理想とする社風までAIに伝えます。そして、AIは希望にマッチした仕事を紹介するだけでなく、求人情報、ニュース記事、SNS情報などに隠れたパターンを分析し、まだ求人広告を出していない企業も見つけ出します。さらには、カスタマイズされたカバーレターを作成したり、面接の練習をしたり、候補先となる企業に合わせた交渉戦術さえも提案できるかもしれません。これを実現できるのは誰でしょうか? おそらくAIネイティブ企業でしょう。
ここで想定したようなAIネイティブ企業はまだ存在していませんが、近い将来登場することでしょう。これらのAIファーストの新興企業は、あらゆる企業活動の中心にAI(特に生成AI)を組み込みます。彼らはAIドリブンな機能に全神経を注ぎ、それが彼らの思考と行動の原動力となるのです。
レガシーシステムや硬直的なアプローチの制約を受けないAIネイティブ企業は、AIを単なる補助ツールではなく、業務を支える根本的な要素とし捉えます。
AIネイティブ企業はこのような真のAI視点を持つことで、顧客が求めるエクスペリエンスのカスタマイズから、社内プロセスの高速化、従来型の企業にとっては信じられないようなビジネスモデルの構築まで、生成AIの強みを存分に活用できるようになります。
以前デジタルネイティブと呼ばれていた企業 (Uber、Netflix、Venmo) のように、AIネイティブ企業は消費者の行動様式にも大きな変化をもたらすでしょう。消費者はこれまでとは異なる方法で製品を選び、情報を探し、提示された選択を評価するようになり、最終的にはデジタル世界との関わり方も変わると思われます。
だからこそ、従来型の企業は注意を払わなければなりません。消費者の行動の変化に対応した新しい選択方法、エンゲージメント手法、取引方法を採用することが必要になります。また、こうした変化は、ある時は協力者として、またある時には競合他社として、AIネイティブ企業がさまざまな組織の機能に浸透していくきっかけになります。
新しいビジネスモデルを実行するためには、大幅にスピードアップしたダイナミックで自律的な業務に対応するための新しいガバナンス方針、組織構造、業務プロセスが必要です。そして、何よりも、テクノロジーインフラを見直し、新しく手に入れたAIドリブンな機能を強化する必要があります。
そこで、AIネイティブ企業のように考える必要があるのです。 既存の企業がAIネイティブ企業になることは、論理的に不可能です。しかし、AIネイティブ企業の運営方法から学ぶことはでき、学ぶべきだと考えています。新規参入企業の革新的なアプローチやテクノロジースタックを積極的に研究・理解し、自社のAI戦略を適応させることで、既存の企業は、AIをすべての企業活動の中心に据えた破壊的企業のように思考し、さらには行動することさえ可能になります。
今後10年間で急速に普及
生成AIの導入は、今後10年間で急速に進む可能性があります。
図1
図表のデータは、当社の強気な導入予測に反映されているように、最大の導入率を示しています。
*2032年までの導入率を完全に把握するため、この図表の計算には2033年のデータも含めています。
出展: Oxford Economics and Cognizant
私たちの強気の予想では、31%の企業が生成AIを導入し、真の生成AIの変化が起こるのは、2026年から2030年の間、つまり「自信をもって導入できる」時代です。わずか2年先のことですが、今から準備を始めれば時間は十分に残されています。
AIの規制環境 (現在はパッチワークのようなもの) が注目されるようになり、AIはタスクの自動化にとどまらず、ビジネス変革戦略の中核的な要素になると思われます。例えば、AIエージェントが日常的な顧客からの問い合わせをほとんどすべて処理する世界を想像してみてください。これはつまり、より大きな目標を達成するために、互いが連携し特定のタスクを実行する自律システムです。これらのAIエージェントは24時間体制でパーソナライズされたサポートを提供します。営業チームは、一般的なセールス手法に頼るのではなく、生成AIを駆使したリードジェネレーションや顧客プロファイリングツールを利用して、よりターゲットを絞ったアプローチができるようになります。スケジューリング、レポーティング、データ入力といったバックオフィス機能でさえ、自動化が進むでしょう。
私たちは、このような世界を想像するだけでなく、多くの変化を明らかにするために、調査の一環として、米国の労働者の1,000件の職業に「被影響度スコア」を割り当て、分析を行いました。
このスコアは、失業する労働者の割合や失業する可能性を反映したものではなく、2032年までに生成AIによって理論上自動化される、または補助されるであろう職業の最大割合を、各職業の相対的な重要度で測ったものです。
被影響度スコアを見ると、生成AIの出現によって最も大きな変化を受ける職業グループがわかります。また、AIネイティブ企業がリーン企業として新しい市場に参入し、台頭してくるであろう主な分野も明らかになってきます。例えば、2032年までに、カスタマーサービス担当者の被影響度スコアは63.7%、営業担当者は65.6%、事務・管理職は85.9%に達します。
だからこそ、—将来を見据えた企業には、生成AIの確実な導入が始まる今後2年以内に、強固なテクノロジーインフラ、ビジネスモデルを再構築するための戦略、継続的なイノベーションを奨励する風土が必要となるのです。重要な転換期を迎え、どこでどのような行動を起こすべきかの判断が難しい時には、AIネイティブ企業に注目するべきでしょう。
優れた課題解決力
基盤を構築
業界のディスラプター
これらの新機能を実現するために、AIネイティブ企業は、多くの点で現代の企業とは異なるテクノロジースタックを構築するでしょう。なぜなら、—新しいテクノロジーを既存のものをより良くするための手段として捉えている従来型の企業とは異なり、AIネイティブ企業はテクノロジー、特に生成AIを全く新しいことを始めるための手段として捉えているからです。
AIネイティブ企業にとって、テクノロジースタックは時折微調整や更新が必要な静的な存在ではありません。アジリティと継続的なイノベーションがビジネス存続の鍵となるような世界で進化を続ける「生きた」存在なのです。
従来型の企業が、自社の職場、ひいては自社のビジネスと運用モデルにAI機能を導入するためには、AIネイティブなテクノロジースタックがどのようなものかを研究することが必要です。そこではじめて、自社がどう変わるべきかを検討することができます。
AIネイティブ企業は、ユーザー (顧客と従業員の両方) と自社が提供するサービスの間にどのような相互作用があるのかを根本的に見直し、ユーザーインターフェース (UI) を開発します。AIネイティブなUIは、ボタンの配置や画面のデザインだけにとどまらず、巧みに作られたプロンプトにより、複数のシステムで複雑なアクションを開始したり、多面的で優れた出力を生成することができます。UIデザインによって人間とAIの新しい関係性が生まれることで、ユーザーはAIエージェントを効果的に利用し、可視性と制御性に優れた体験を得ることが可能になります。
既存の大手企業は、UIデザインにおけるこのパラダイムシフトに対応するべきでしょう。重要なのはメニューのクリックではなく、目標を達成するための対話型インタラクションです。それでは、マインドセットを変えるには何を考える必要があるでしょうか?
AIネイティブ企業は、単一のモノリシックなAIモデルを開発することはありません。その代わりに、さまざまなタスクに特化したモデル群を戦略的に採用します。このようなタスクには、テキスト、画像、プロセス生成のほか、構造化データのモデル化、予測と意思決定の最適化、不確実性のモデル化、説明可能性、コードの最適化などが含まれます。
例えば、拡散モデルは訴求力の高い製品ビジュアルを作成し、大規模言語モデル (LLM) はカスタマイズされたマーケティングメッセージを生成できるかもしれません。さらに、従来の機械学習 (ML) モデルは、特定の問題に対処するためにインテリジェントに統合され、さまざまなAIアプローチが持つ独自の利点を引き出すでしょう。
同様に、既存の大手企業は、AIモデルを万能のソリューションとして見なすべきではありません。各モデルの強みを理解し、その役割に適したツールを選択することが重要です。企業は、専門の人材や知識に投資し、これらのモデルがどのような目的の達成に役立ち、どのように導入するのが最適かを判断するべきでしょう。
マルチモデルの採用にあたって考慮すべきこと:
AIネイティブ企業は情報を糧に成長し、その情報網を広げれば広げるほど、より強力になります。 そのため、AIネイティブ企業は、データの整備度よりも、構造化データと非構造化データの両方へのアクセスを優先します。データの使用方法について明確な同意と透明性が確保できれば、膨大な公共データセット、サードパーティのリソース、顧客データを利用できるようになります。
さらに、ナレッジグラフ (データ、エンティティ、およびそれらがどのように相互リンクしているかを表現する方法) やベクトルデータベース (LLMと連動するように最適化されており、高速で簡単な検索やデータ検索が可能) を使用して、データポイント間の複雑な関係を把握できます。
既存の大手企業にとっては、構造化データと非構造化データ両方を含む膨大な量の情報を活用することが極めて重要になります。どのような方法であっても、データ収集の透明性を確保することが不可欠です。
しかし、膨大なデータセットを取得することは容易ではありません。そこで鍵となるのは企業の創造性です。例えば、合成データ生成のようなテクニックを使うことができます。合成データ生成では、本物に見えるが実は人工的なデータセットが作成され、多くの場合、生成AI自体を利用します。また、ラベル付けされたデータとラベルなしデータの組み合わせからモデルが学習する、半教師あり学習を使用することもできます。多種多様な情報へのアクセスを優先し、これらのテクニックを採用することで、生成モデルが最高のパフォーマンスを発揮できるようになります。
データIQを向上させるために、既存の大手企業が考慮すべきこと:
生成AIモデルは、特にトレーニングやファインチューニング中に、非常に高い計算能力を必要とします。AIネイティブ企業は、自社のインフラがスケーラブルでコスト効率にも優れていなければならないことを理解しているため、多くの場合、ハイブリッドクラウドを選択します。これにより、負荷の高いタスクにリソースを割り当て、負荷が下がったときにはリソース減らすことで、コスト管理とパフォーマンスの最適なバランスを実現することができます。専用のグラフィック・プロセッシング・ユニット (GPU) やテンソル・プロセッシング・ユニット (TPU) を利用したハードウェアアクセラレーションが不可欠となります。
既存の大手企業は、柔軟性とアジリティを確保するために、積極的に戦略を立てる必要があります。 コスト超過を防ぎ、円滑に運用するためには、AIプロジェクトを拡大する前にインフラへの影響を十分に考慮することが必要です。
インフラの移行に先立って検討すべきこと:
AI ネイティブ企業にとって、MLOpsは競争力を維持するための要です。MLOpsは、AIネイティブ企業がアジャイルで迅速な対応を維持するためのフレームワークです。堅牢なMLOpsパイプラインにより、実験、新しいモデルや改良モデルの迅速なデプロイ、および包括的な生産モニタリングが可能になります。また、AIを活用する従業員が継続的に学習し、新しいデータが利用可能になると自動的に再トレーニングを受け、最適なパフォーマンスをシームレスに維持できるようになります。
既存の大手企業は、AIを1回限りのプロジェクトとしてではなく、ダイナミックなシステムとして考える必要があります。MLOpsに投資することで、プロセスを自動化し、現実社会の結果を受けてからモデルを改良するまでのフィードバックループを短縮することができます。その結果、自社のAIシステムをダイナミックな市場環境に合わせて継続的に進化させることができます。
MLopsへの移行を実現するために考慮すべきこと:
最終的に、AIネイティブ企業は、AIシステムを開発、評価、理解、展開するための新しい方法を本能的に把握できるようになります。彼らは、再現可能な結果を得るために硬直的で決定的なマシンを構築するという考え方でAIソリューションに取り組むことはありません。それどころか、AIエージェントを、単なるツールをはるかに超えた進化を続ける存在として認め、コラボレーションのパートナーとして向き合うのです。(このトピックに関する詳細は、Cognizant VP of AI Research Risto Miikkulainenによる 最近の記事「Generative AI: an AI paradigm shift in the making?」をご覧ください。
彼らの戦略の根本にあるのは、こうしたアプローチです。AIネイティブ企業は、「トレーニング」に終わりはないという考えのもとで、継続的な学習が可能なシステムの構築を最優先します。 そして、プロンプトと反復的なフィードバックを活用したインタラクションを通じて、まるで高度なスキルと専門知識を持つ人間と仕事をするときのように、AIエージェントとの巧みな協業を実現するでしょう。
同様に、従来型の企業は、AIを既存のプロセスに無理に取り込んだり、旧来の指標で評価することをやめ、生成AIの力を真に活用することを目指すべきです。そのためには、技術部門がまったく新しい考え方を採用する必要があります。つまり、実験への絶え間ない意欲を持つこと、説明可能性への過度な期待を捨てること、AIエージェントへの信頼は事前のプログラミングではなく厳密な監視によって得られることを受け入れることです。
既存の大手企業が、AIネイティブ企業のように考え、最終的にはAIネイティブ企業のように行動するためには、AIネイティブ企業とのパートナーシップが必要です。従来型の企業の一部は、自社でAI能力を構築したり、自社事業のAIネイティブ部門を分社化したりすることでディスラプターになることを選ぶかもしれません。しかし、多くの企業は、AIネイティブ企業の斬新な視点を社内に取り入れるためにパートナーシップの提携を検討するでしょう。
大多数の企業は、AIネイティブ企業と提携し、APIを利用した新しいAIサービスを自社に導入し、AI機能の構築が必要な分野を見極めるという、ハイブリッドなアプローチを採用するでしょう。
どのような場合でも、既存企業はAIを活用して既存のプロセスを変革し、革新的な新商品を開発することができます。そして、従来のモデルとAIネイティブモデルそれぞれの利点を活かし、成功を確かなものにすることができるのです。
Duncan Roberts
Associate Director, Cognizant Research
Duncan Robertsは、コグニザント・リサーチのアソシエイト・ディレクター。衛星通信から教育評価まで幅広い業界のデジタル戦略・DXコンサルタントとして2019年に入社。戦略目標を達成するためのテクノロジー活用や、イノベーションによる実行可能な技術についてクライアントに助言をしてきました。
コグニザント入社前は、ヨーロッパ最大手の出版社に勤務し、デジタルパブリッシング革命において主導的な役割を果たし、業務改革や革新的な製品の立ち上げを支援しました。セント・アンドリュース大学で哲学と古典学の修士号を取得。
本稿をまとめるにあたり、以下の方々から助言を頂きました。謹んで感謝いたします。